やめられないことについて。

西の読書めがね

どうにもやめれないことがある。


何度も恐で最後にしようと思うのだが、またやってしまう。

依存症とまではいかないまでも、悪癖になってしまっている。


具体的には、飲酒とギャンブルだ。


一様言っておくが今のところ生活を破滅に追い込むような状況ではない。

と思う。なんとも頼りないことだがしょうがない。


飲酒については、若い頃のような無理な飲み方はあまりしなくなった。

ただ、時々(2ヶ月~3ヶ月に一度くらい)飲み過ぎてしまうことがある。


ギャンブルについては、就職してからはじめた。

学生時代は、全く興味がなかったのだが友人にパチンコに誘われてやり始めたのをきっかけとして毎週のようにいくようになった。


何でやってしまうのだろう。やっているときは楽しいけれど、終わると罪悪感に苛まれるとわかっているのに。


考えてみるとストレスがたまると、この2つに逃げてしまう傾向があるように思う。


なので根本的にはストレスをなるべく感じないような生活をすることなんだろう。


でも、それはなかなか難しい。


仕事や人間関係でどうしてもストレスはたまるし、仕事や人間関係をになくしていくのは現実的ではない。


なので結論としては、バランスをとっていくことだ。


どんなことでもやりすぎると毒になる。余裕をもって。バランスを考えながら行っていくことだ。


そのような意味では、三宅香帆氏が『なぜ働いていると本がよめなくなるのか』の中で述べられていたように、半身で生きるくらいで丁度いいのかもしれない。


なんでもほどほどに。これが、なかなか難しい。


いい距離感。いい感じの距離感。


そんな感じだろうか?


とにも各にも飲酒とギャンブルは、適度にしておくにかぎる。


西の読書めがね



『国境の南 太陽の西』についての話。

西の読書めがね

西の読者めがねのくせに読書の話をしていない。


名前負けである。


ということで最近読んだ本の話をしてみる。


ここ最近は、図書館に行っては小説を借りて読んでいた。


社会人になってからは、小説を読む機会が減っていたように思う。


学生時代は専ら小説ばかり読んでいたのだけれど。


読むジャンルは変わっていくものなのかもしれない。


そんな折に村田沙耶香氏の『となりの脳世界』を読んで、久しぶりに小説を読みたくなった。


作者の頭の中を覗いて見たくなったというわけである。


そんなときに学生時代になんとも苦手だった。村上春樹氏の小説に挑戦してみようと思った。


まずは短編からということで『一人称単数』を読んだ。


なんとか読めた。


次に『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んだ。


主人公は、何がしたかったのか分からなかった。


そして、直近で読んだのが『国境の南 太陽の西』だ。


読んでみて、なんだかモヤモヤした。というよりイライラしたと言うほうが良いかもしれない。


村上春樹氏の小説を読んでみての全体的な印象は学生時代から変わらず、「だからどうした」である。


今回の一連の読書でも印象は変わっていない。


はっきり言って、合わないということだろう。


とは言え、ところどころの表現は素晴らしいし、読み辛いということはない。


才能があるのは分かる。


ただ、個人的には合わない。


村上氏のエッセイは、個人的には好きなのだけれども。


全部を好きになる必要もないのだろうな。


そういうものかもしれない。


ザックリとした読書の感想。共感は得られないかもしれない。


西の読者めがね



三連休が終わってしまうらしい。

西の読書めがね

三連休が終わってしまうという噂を耳にした。


嘘だと信じたい。


仕事行きたくない。


もっと休みたい。まだまだ休める。


とは言え、明日には何だかんだ言って職場に行ってるんだろう。社会人は辛い。


何だかんだ充実した連休だった。


いつもの時間に起きて、ご飯を食べて、散歩に行って、ゆっくり読書をした。その合間に資格の勉強と家事をこなした。


図書館に行った意外はどこにも行かなかった。


でも、充実していた。


個人的には、こういう生活が性に合っている。


同じようなことを前も書いたな。


平凡な日々を平凡に過ごしていく。

何か特別なことをするのではなく、淡々と日々を過ごす。


平穏に。幸せに。


西の読者めがね